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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)3162号 判決

控訴人 株式会社 今佐総業

右代表者代表取締役 青木久子

右訴訟代理人弁護士 堀江覚

真下博孝

川上俊明

被控訴人 株式会社ときわ相互銀行

右代表者代表取締役 平井廸郎

右訴訟代理人弁護士 田口尚真

主文

本件控訴を棄却する。

当審における新たな予備的請求(債務不履行による損害賠償請求)を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

控訴代理人は、「原判決を取り消す。(主位的請求)被控訴人は控訴人に対し金七〇〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一一月七日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。(予備的請求)被控訴人は控訴人に対し金七〇〇〇万円及びこれに対する昭和四八年二月一九日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者の主張

一  主位的請求(組戻金請求)関係

1  請求原因

(一) 控訴人及び被控訴人は、いずれも株式会社である。

(二) 控訴人は、昭和四八年二月一九日、被控訴人の新宿支店に控訴人の資金一億円を電信振込送金の方法によって、徳陽相互銀行本店(以下「訴外銀行」という。)にある宮城県信用農業協同組合連合会仙台支所(以下「県信連」という。)の普通預金口座を経由して、宮城県黒川郡富谷町所在の富谷町農業協同組合(以下「富谷町農協」という。)内の控訴人名義の普通預金口座に入金することを準委任し(以下「本件契約」という。)、同日、同支店に一億円を払い込んだ。

(三) 控訴人は、同年一一月六日、被控訴人に対し本件契約を解約する旨の意思表示をすると共に右金一億円の返還請求(いわゆる「組戻金請求」)をした。

(四) よって、控訴人は、被控訴人に対し、右解約による返還請求として、右払い込み金一億円の内金七〇〇〇万円及びこれに対する右請求の翌日である昭和四八年一一月七日から支払ずみに至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する答弁及び抗弁

(一) 請求原因(一)(三)の事実は認め、(二)は否認する。

控訴人主張の電信振込送金を委託をしたのは、株式会社東北狭山今佐総業であり、控訴人ではない。

被控訴人の受託内容は、訴外銀行にある県信連の普通預金口座に一億円を振込入金するというものであった。

(二) 仮に控訴人主張の準委任であるとすれば、その内容は、いわゆる継振込(継為替)であって、受任者である被控訴人が直接富谷町農協内の控訴人名義の普通預金口座に入金するものではなく、控訴人の指名した復受任者である訴外銀行、県信連、富谷町農協と順次復準委任をして、継振込及び口座入金の事務の処理を委託してなすものであり、被控訴人は復委任者である訴外銀行に前示の趣旨を委託して金一億円を訴外銀行の県信連口座に電信振込入金したものである。したがって、これをもって被控訴人の委任事務は完了したものであり、控訴人が本件契約を解約しても、その効力は生じない。

(三) 仮に控訴人の解約が有効であるとすれば、控訴人の払い込み金の返還請求権(いわゆる「組戻請求権」)は昭和四八年一一月六日に発生したものであるから、五年を経た昭和五三年一一月六日の経過と共に右請求権は時効により消滅した。

3  抗弁に対する控訴人の答弁及び再抗弁

(一) 前記2(二)の事実は否認し、2(三)のうち控訴人の返還請求権が昭和四八年一一月六日に発生したことは認める。

(二) 控訴人が被控訴人の新宿支店に払い込んだ一億円は富谷町農協の控訴人の普通預金口座に振込入金されたことはない。

すなわち、被控訴人は、控訴人から委任を受けて即日当時被控訴人と国内為替取引のあった訴外銀行に控訴人の送金として一億円を送金した。その後、通常の継振込であれば、訴外銀行から県信連に、県信連から富谷町農協へ控訴人の送金として順次送金されるはずのものである。ところが、訴外銀行又は県信連のいずれかの過誤により、県信連においては、右一億円を控訴人の送金ではなく、株式会社東北狭山の送金とし、最終入金先についての連絡もないものとして取り扱い、富谷町農協も同会社の送金として同会社の預金口座に入金し、同会社の意向によって払い出しをした。

控訴人は、同年二月二三日には担当者を控訴人名義の普通預金口座の開設のために富谷町農協に赴かせたが、右一億円は払い出された後であったため、控訴人名義の右口座の開設はなさず、現在まで右口座は開設されることはなかった。

したがって、被控訴人の委任事務は終了していない。

(三) 被控訴人の時効の援用は権利の濫用である。

控訴人は、昭和四九年一二月一〇日、被控訴人に対し、本件に関し被控訴人の受任事務の債務不履行を理由として一億一五〇〇万円の損害賠償請求の訴えを提起したが(東京地方裁判所昭和四九年(ワ)第一〇四一一号損害賠償請求事件)、被控訴人は、控訴人及び控訴人の親会社である株式会社今佐のメインバンクであり、特に株式会社今佐は、当時被控訴人から一億五九二〇万円を借り入れ、かつ、チエスマンハッタン銀行からの借入金三億円について被控訴人の保証を受けていたため、控訴人は、被控訴人からの右利便提供に藉口した極めて強硬な訴取下の要求に屈し、同月一七日右訴を取り下げた。これは、控訴人の時効中断を実質的に不可能ならしめたものであり、時効の援用をすることは権利濫用であって許されない。

なお、仮に被控訴人の後記4(二)の主張のとおり、昭和五二年一〇月四日当時において控訴人及び株式会社今佐と被控訴人との間に取引関係はなくなっていたとしても、その当時控訴人及び株式会社今佐は被控訴人に対する訴を提起できる経営状態ではなかった。したがって、控訴人が時効中断のため訴を提起することができなかったことは、被控訴人の前記訴の取下の要求による結果であるというべきである。

4  再抗弁に対する被控訴人の答弁

(一) 前記3(三)の主張事実のうち、控訴人主張の日にその主張のような訴の提起、訴の取下げがあったこと及び株式会社今佐が当時その主張の借入れ、保証を得ていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 被控訴人と控訴人との間には融資取引は全くなく、被控訴人の株式会社今佐に対する前記貸付金は昭和五二年四月二八日完済され、三億円の前記保証については同会社に対する貸付金に乗り換えられたが昭和五〇年八月一二日までに完済され、被控訴人と株式会社今佐との間の当座預金取引も昭和五二年一〇月四日には解約された。したがって、控訴人は時効が完成する昭和五三年一一月六日までの間いつでも再び訴を提起して時効の中断を図ることができたものである。

二  予備的請求(不法行為及び債務不履行)関係

1  請求原因

(一) 主位的請求関係の請求原因(二)に同じ。

(二) (不法行為)

(1) 被控訴人の新宿支店か控訴人から電信振込送金を依頼された事項は、被控訴人と内国為替取引契約のない金融機関である県信連、富谷町農協を経由しての送金である。この場合には、被控訴人は、容易に被仕向金融機関である富谷町農協の控訴人名義の普通預金口座に入金されたかどうかを確認することができない。被仕向金融機関が仕向金融機関と内国為替取引契約があれば、仕向金融機関に資金が返戻されないことによって、容易に入金が確認できるからである。

このような継振込は、為替制度を著しく逸脱しており、慣行としても一般に容認されていないものであり、被控訴人は、受託事務を遂行することができないか、又は遂行することが著しく困難であったのであるから、以上の事情を控訴人に告知し、又は控訴人の送金依頼を拒絶すべきであった。

被控訴人がこのような措置をとらずに本件契約を締結をしたことは、違法であり、被控訴人に過失がある。

(2) 被控訴人は、昭和四八年二月一九日当時被控訴人と国内為替取引のあった訴外銀行に控訴人の送金として一億円を送金したが、その後訴外銀行又は県信連のいずれかの過誤により、県信連においては、右一億円を控訴人の送金ではなく、株式会社東北狭山の送金とし、最終入金先についての連絡もないものとして取り扱い、富谷町農協も株式会社東北狭山の送金として同会社の預金口座に入金し、同会社の意向によって払い出しをした。

これによって、控訴人は一億円の損害をこうむった。

(三) (債務不履行―当審における予備的新請求)

(1) 被控訴人は、本件契約に基づき、控訴人が払い込んだ一億円を富谷町農協の控訴人名義の普通預金口座に入金する義務を負担しているが、また、経由金融機関である訴外銀行、県信連、富谷町農協が確実に右受任義務を履行するようにさせる義務を負担している。

したがって、経由金融機関の過失により控訴人に損害が生じた場合には、被控訴人はその損害を賠償する義務を負担する。

(2) 被控訴人の受任義務は、被控訴人と内国為替取引契約のない金融機関である県信連、富谷町農協を経由しての送金である。この場合には、送金経路の途中で誤った連絡や不手際等による事故の発生の危険性が大きく、銀行実務においても一般に慣行として容認されていない。被控訴人は、この事情を認識していたのであるから、送金経路について十分調査し、経由金融機関に連絡をとるなど事故の発生を事前に予防すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、漫然と送金手続を行った。

(3) 前記二1(二)(2)記載のとおりの事実があるから、右(三)(1)のとおり、経由金融機関である県信連仙台支所若しくは富谷町農協の過失により、又は右(三)(2)のとおり被控訴人の過失により、被控訴人の本件契約上の債務は履行不能となって、控訴人は一億円の損害をこうむった。

(四) よって、控訴人は被控訴人に対し、不法行為又は債務不履行による損害賠償として、右損害金一億円の内金七〇〇〇万円及びこれに対する昭和四八年二月一九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する答弁及び反論

(一)(1) 請求原因(一)の事実に対する答弁は主位的請求関係の請求原因(一)に対する答弁(前記一2(一))と同一である。

(2) 請求原因(二)及び(三)の事実のうち、県信連及び富谷町農協が被控訴人と内国為替取引のない金融機関であること、被控訴人が昭和四八年二月一九日当時被控訴人と国内為替取引契約のあった訴外銀行に控訴人の送金として一億円を送金したことは認めるが、その余の事実は争う。

(二) (不法行為の主張に対する反論)

(1) 控訴人は、その主張の電信振込送金の依頼に際し、経由金融機関を指名して被控訴人に継振込の方法による送金を依頼し、被控訴人は控訴人の依頼をそのまま受諾したのであるから、被控訴人の本件契約の締結について何らの違法も過失もなく、また、控訴人が不法行為責任の主張をすることは、禁反言の原則に反し許されない。

(2) 控訴人主張の不法行為があったとしても、本件契約が成立した昭和四八年二月一九日当時、控訴人は損害及び加害者が被控訴人であることを知っていたものであり、仮りにそうでないとしても、同年一一月二九日(乙第一七号証の内容証明郵便発信時)又は昭和四九年一二月一〇日(前記一3(三)の控訴人の主張による損害賠償請求の訴の提起時)には、これを知っていたものであるから、これらの時から三年を経過した時において、右損害賠償請求権は時効によって消滅した。

(3) 仮に右の主張が理由がないとしても、控訴人にも故意又は過失があるから過失相殺により損害賠償額を定めるにつきしんしゃくされるべきである。

(三) (債務不履行の主張に対する反論)

(1) 仮に控訴人主張の準委任があったとすれば、その内容は、前記一2(二)で被控訴人が主張したとおり、控訴人の指名した復受任者、仮にそうでないとしても控訴人の許諾を得た復受任者である金融機関を順次経由して準委任事務を処理するものであるから、民法一〇五条一、二項の類推適用により、経由金融機関の過失により控訴人が損害を被った場合であっても、被控訴人が経由金融機関の不適任又は不誠実なことを知りながらこれを控訴人に通知しなかったとき、又は、被控訴人に経由金融機関の選任及び監督につき過失があったときでなければ、その損害を賠償する義務を負担するものではない。

被控訴人にはこのような帰責事由が存しないのであるから、被控訴人が右損害賠償義務を負担するいわれはない。

(2) 仮に右主張が理由がないとしても、控訴人は、遅くとも昭和四八年一一月二九日又は昭和四九年一二月一〇日(前記(二)(2)参照)には、被控訴人に対して損害賠償請求権を行使することができたのであるから、これらの時から五年を経過した時において、右損害賠償請求権は時効によって消滅した。

(3) 仮に右主張が理由がないとしても、控訴人は、昭和四九年一二月一〇日、訴外銀行、県信連、富谷町農協に対し、本件に関し、各人の受任事務の債務不履行を理由として一億一五〇〇万円の損害賠償請求の訴を提起したが(東京地方裁判所昭和四九年(ワ)第一〇四一一号損害賠償請求事件)、その訴訟において、右三者との間で富谷町農協が一五〇〇万円、訴外銀行、県信連が各七五〇万円(総額三〇〇〇万円となる。)を控訴人に支払い、その余の債務を免除する旨の和解が成立し、その支払を受けたところ、右三者の損害賠償債務は被控訴人の損害賠償債務と連帯債務の関係にあり、被控訴人の負担部分は存しないのであるから、同人の債務も免除されたものである。また、本件において、過失があったのは右三者であって、被控訴人ではないのであるから、右三者の損害賠償債務の大半を免除した以上は、被控訴人に対して損害賠償請求をすることは信義則に反して許されない。

(4) 仮に以上の主張が理由がないとしても、控訴人にも故意又は過失があるから過失相殺により損害賠償の責任又は額を定めるにつきしんしゃくされるべきである。

3  被控訴人の反論に対する答弁

(一) 前記2(二)及び(三)のうち、控訴人が、被控訴人主張の日にその主張の訴の提起をなし、その訴訟において、富谷町農協、訴外銀行、県信連がそれぞれその主張の金額を控訴人に支払う旨の和解が成立し、その授受がされたことは認めるが、その余はすべて争う。

(二) 控訴人が被控訴人に本件損害賠償義務があることを確知し、これを行使できるようになったのは、右訴訟の過程において、証人三塚勘助を尋問した昭和五二年一二月二〇日である。

第三証拠関係《省略》

理由

第一  当裁判所の認定した事実は次のとおりである。

一  《証拠省略》を総合し、弁論の全趣旨を併せ考慮すれば、次の事実を認めることができる。

1  控訴人は、不動産の管理、売買等を営む株式会社であり、主として飲食業を営む株式会社今佐の子会社であるが、かねて、被控訴人に預金があり、また、株式会社今佐は被控訴人から融資を受けており、同会社の総務部長であり、控訴人の経理担当者であった渡辺直は、しばしば、被控訴人の新宿支店に出入りして、同支店の職員も、右渡辺が前記のような地位にあることを知っていた。

2  控訴人は、昭和四八年二月、株式会社東北狭山から、「控訴人の資金一億円を、東北狭山が宮城県下の土地を買収するについて資金のあることを土地所有者等に示すための見せ金として、富谷町農協に訴外銀行、県信連を順次経由して振込入金すること」の依頼を受けて、これを承諾した。当時、富谷町農協に控訴人名義の普通預金口座は存在しなかったが、これは後日開設することとして、右渡辺は、同月一九日、控訴人の経理担当者として、被控訴人の新宿支店に、控訴人の資金一億円を振り込み、かつ、右一億円を訴外銀行、県信連を順次経由して富谷町農協内控訴人名義の普通預金口座に、いわゆる継為替による至急電信振込送金の方法をもって入金することの事務を委託した。その際、右渡辺は、株式会社東北狭山からのかねての依頼があったので、振込人の名義を架空の会社である株式会社東北狭山今佐総業とした。被控訴人は、同日、同人の本店経由で、訴外銀行に右依頼どおりに打電して送金した。(なお、右渡辺は、当初振込先を富谷町農協組合長理事大童雄建としたが、被控訴人が訴外銀行に右振込送金の打電をする前に振込先を富谷町農協内株式会社今佐総業と訂正したので、被控訴人の右打電も訂正後の振込先をもって打電された。)

当時、訴外銀行は被控訴人の内国為替取引先(いわゆるコルレス先)であったが、県信連も富谷町農協も被控訴人の内国為替取引先ではなかった。しかし、訴外銀行と県信連との間、県信連と富谷町農協との間にはそれぞれ内国為替取引契約があり、金融機関がいわゆる継為替の方法をもって内国為替取引先である金融機関を経由して内国為替取引先でない金融機関に電信振込送金をすることは一般に慣行として認められていたところであった。

3  訴外銀行から県信連に右一億円の振込送金の趣旨が同日電話によって連絡され、その送金があったところ、受信先の県信連においては、右一億円を株式会社東北狭山から富谷町農協に一億円の送金があったものとして取り扱い、同日、その旨を右農協に連絡をした。右農協はこれを株式会社東北狭山の資金として取り扱い、同月二三日同会社の意向によって、右一億円が農協から同会社及び第三者に払い渡されるに至った。

4  控訴人は、富谷町農協に控訴人名義の普通預金口座を終始開設することはなかった。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

二  そして、控訴人が、昭和四八年一一月六日被控訴人に本件契約を解約する旨の意思表示をすると共に右一億円の返還請求(組戻金請求)をしたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

控訴人は、前記の組戻金請求をした後、被控訴人新宿支店の求めにより、同月一九日同支店に対し依頼人名義を株式会社東北狭山今佐総業と改めた組戻依頼書を提出したところ、被控訴人新宿支店は、同日、本店経由で訴外銀行に株式会社東北狭山今佐総業の依頼により組戻しされたい旨を打電し、訴外銀行から受取人から回答がないので待ってほしい旨の回答があり、更に、控訴人の求めにより、昭和四九年六月二九日訴外銀行に回答を求めたところ、同銀行は同年七月二日県信連から組戻しに応じられないと回答があった旨の回答をし、このことは控訴人に伝えられた。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

第二  そこで、控訴人の主位的請求について判断する。

一  前記認定の事実によれば、控訴人は、昭和四八年二月一九日、被控訴人の新宿支店に、控訴人の資金一億円を、控訴人の指名した訴外銀行、県信連仙台支所、富谷町農協を順次復受任者として、同農協の控訴人名義の普通預金口座に、いわゆる継為替による至急電信振込送金の方法をもって入金することの事務を委託し、同日、同支店に一億円を払い込み、同支店はこれを承諾してここに右の趣旨の準委任契約が成立したものということができる。

被控訴人は、右準委任の委任者は、株式会社東北狭山今佐総業であって、控訴人ではなく、受託内容は訴外銀行にある県信連仙台支所の普通預金口座に振込入金することであった旨主張するが、前記認定の事実によれば、委任者は控訴人であり、受託内容も右にとどまるものということはできない。

しかしながら、前記第一の一に認定した事実によれば、右契約においては被控訴人はその受託事務のすべてを被控訴人自身で処理する義務を負担したものということはできない。すなわち、右契約においては、被控訴人が右受託事務を処理するに当っては、控訴人の指名した訴外銀行、県信連、富谷町農協が順次復受任者として事務を処理することが定められており、これら復受任者の事務は被控訴人自身において処理することができないのであるから、復受任者のなすべき事務を除外すると、被控訴人の処理すべき事務は、訴外銀行に、県信連、富谷町農協を順次復受任者として同農協の被控訴人の普通預金口座に振込入金することを委託して一億円を至急電信振込送金することにとどまるものであり、この事務を処理することが、右契約によって被控訴人が控訴人に負担する義務であるというべきである。

二  そして、被控訴人が右事務を処理したことは前記認定のとおりであるから、その後に至って、控訴人が右契約を解約したからといって、これは将来に向って効力を生ずるにすぎないのであるから、控訴人は被控訴人に対し右解約を理由として前記一億円の組戻金を請求することはできないものといわなければならない。

なお、控訴人が昭和四八年一一月六日被控訴人に本件契約の解約と組戻金請求をしたことについて、被控訴人が前記第一の二で認定したような対応措置を採っていることが認められるのであるが、そうであるからといって、右認定判断を左右することはできない。

したがって、控訴人の主位的請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

第三  控訴人の予備的請求のうち不法行為による損害賠償請求について判断する。

一  控訴人は、被控訴人が受託事務を遂行することができないか、もしくは遂行することが著しく困難であることを控訴人に告知するか、又は控訴人の送金依頼を拒絶すべきであった旨主張する。

しかしながら、金融機関がいわゆる継為替の方法をもって、内国為替取引先である金融機関を経由して、内国為替取引先でない金融機関に電信振込送金をすることは一般に慣行として認められていることは前記認定のとおりであり、また、これをもって為替制度を著しく逸脱しているともいえないのであるから、控訴人の主張は、その前提を欠くものというべきであり、他に控訴人主張の告知、拒絶をしなかったことをもって被控訴人に違法性のある行為をしたというべき根拠は見当らないのであるから、右主張は理由がないものといわなければならない。

二  よって、控訴人の右予備的請求も、その余の点を判断するまでもなく、失当といわなければならない。

第四  控訴人の予備的請求のうち債務不履行による損害賠償請求について判断する。

一  控訴人は、本件契約において振込送金に当たり経由金融機関の過失により控訴人に損害が生じた場合には、受任者である被控訴人がその損害を賠償する義務がある旨主張する。

しかしながら、前記第一の一及び第二の一において認定判断したとおり、右経由金融機関は委任者である控訴人が指名した復受任者であり、被控訴人のなすべき義務は前示の限度にとどまるものであって、復受任者のなすべき事務の処理について復委任者の過失により控訴人に損害が生じたからといって被控訴人がただちにその損害を賠償する義務を負担するものではない。このような場合においては、民法一〇五条二項の規定を類推適用し、受任者が復受任者の不適任又は不誠実なことを知ってこれを委任者に通知し、又はこれを解任することを怠ったことを受任者において立証しないかぎり、受任者は委任者に対して損害賠償義務を負担するものではないと解するのが相当である。

ところで、前記第一の一に認定したところによれば、本件の一億円が株式会社東北狭山の意向によって富谷町農協から払い出された原因の一つは、訴外銀行と県信連との連絡において発信側又は受信側に過誤があり、県信連及び富谷町農協において右金員を株式会社東北狭山の資金として取り扱ったことにあるものというべきところ、本件においては、当事者双方の全立証をもってしても、受任者である被控訴人が前記金融機関が不適任又は不誠実であったことを知っていたものと認めることはできないのであるから、前記金融機関に過失があるとしても、これによって控訴人が被った損害を賠償する義務を負担するものではない。

二  控訴人は、次に、被控訴人は、送金経路について十分調査し、経由金融機関に連絡をとるなど事故の発生を事前に予防すべき注意義務があったのにこれを怠ったのであるから、控訴人の被った損害を賠償する義務がある旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件の振込送金は、控訴人の指名する金融機関を経由しての送金であるから、一般的に被控訴人に控訴人主張の注意義務があるということはできないし、また、本件のような継為替による振込送金が一般に慣行として認められていることは前記認定のとおりであり、また、右の振込送金が一般に事故発生の危険が大きいということもできない(この点の立証もない)のであるから、被控訴人に前記の注意義務があるということはできず、したがって、これを怠ったことを理由とする損害賠償請求も理由がない。

三  以上のとおりであるから、控訴人の右予備的請求も失当である。

第五  以上認定判断したところによれば、控訴人の請求はいずれも失当として棄却を免れないところ、主位的請求及び予備的請求のうち不法行為による損害賠償請求を棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、予備的請求のうち債務不履行による損害賠償請求を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柳川俊一 裁判官 近藤浩武 裁判官林醇は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 柳川俊一)

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